2007年07月12日

スタンド・バイ・ミー

往年の名作、ですかね。

泣くような映画ではなかったけど、いいなぁ。音楽は勿論いいしね。
自分の小学生時代と重なるエピソードがあるかと言えばないんだが、
なんか懐かしい気持ちになったりね。

4人のタイプの違う男の子が出てくるわけだが、
男性がこの映画を観る場合、誰に自分を重ねる、もしくは感情移入するかで、
見方も変わってくるのかもしれない。

四面性、というと言い過ぎかもしれないが、
程度の差はあれ、それぞれの男の子に通じる部分を誰しも持っているはず。
僕の場合は小太りの男の子が、他人とは思えなかった。
昔は運動が苦手だったし、周りのやんちゃで運動神経のいい男の子に憧れつつ、
置いてかれないように必死で着いていってたなぁ、とか。
不器用にかっこつけるところが、親近感が沸いた。
他にも、みんなそれぞれのコンプレックスを抱えていて。
親との距離にも悩みをそれぞれ持っている。
あと、この時期の友達との距離の取り方って難しかったと思う。
「友達」って存在の意味合いが小学6年生の頃って徐々に変わってくる。
それまではただ一緒に遊んだりやんちゃしたりからかい合ったり喧嘩したり、
そんな関係だったのが、それだけじゃなくなってくるし、
相手によってそれぞれに関係が多様化して、複雑になってくる。
だからこそ、特別な友達ができたり、大切さを知ったり失敗したりする。
相談の仕方も、慰め方も、さぐりさぐりな感じだったり。


そんな、男の子の少年期特有のアンバランスさと素直さを凝縮したような映画。



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2007年07月04日

ドラマーへの道。

スティーブジョーダンモデルのスティックを買った。
他のより結構細い。よくわからんけど、一番名前を知ってるドラマーだからこれ。


座布団でトコトコトコトコやってます。
左手ってほんとに思うようにならないなぁ。


というわけで、しばらく真面目に練習してみよう。
多分1ヶ月以内に飽きるけど。


目指せ五十嵐公太!
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カンゾー先生

1998年公開の今村昌平監督作品。当時72歳。


主演は柄本明、そして麻生久美子。


柄本明も好きな俳優だが、この映画での麻生久美子がこれまた素晴らしい。
約10年前の彼女は、驚くほど若々しい、というか実際に若いのだが、
驚くのはそこではなく彼女の爽やかな脱ぎっぷり。
若さ漲る肉体美、といったところだが、変ないやらしさがなく、
彼女が脱ぐシーンは、映画の中でのバランスが絶妙。


ストーリーはある意味シリアスで、風刺的、社会批判にも富んだものだが、
全体を通してテンポもよく、コミカルで適度に軽く、爽やかに仕上がっている。


映画の時代設定は終戦の少し前から原爆投下までだが、なんだかこの映画、古い映画に感じるなあ、どうしてだろうか、と思いながら観ていた。10年前の映画だが、それよりもっと古い映画に感じる。監督のせいだろうか。色々考えたが、まず題字の独特の雰囲気、色。それからやはり一番は音楽。山下洋輔が担当したらしいが、弦楽器主体でジャズっぽい、明るいとも暗いともつかない、独特のトーン。少しスリリングで緊張感がある。が、そこまで差し迫る感じもない。そんな音楽の効果かな、と思った。要するに、この映画では音楽が意味する展開がわかりにくいおかげで(たとえばここは明るいシーンだとか、ここで嫌なことが起こるとか、がよくわからない)、カンゾー先生が実際にヤブ医者なのかそうでないのかもしばらくはっきりしないし、麻生久美子の性格もよく見えない。2人の関係がどうなっていくのかも、掴めない。そこが、この映画の味を出している、と思う。


とにかく、麻生久美子ファン必見。





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2007年06月08日

ショーシャンクの空に

この映画を観たのは、数年ぶり、2回目。


レッド役のモーガン・フリーマンもいいし、何より、いいシーンが多過ぎる。列挙したいけどやめとこう。最高の映画です。


ラストシーンに至るまでの短い時間、レッドがアンディとの約束を思い出して旅に出る。木の下の箱の約束。そして海辺での再会。何とも言えない、爽やかで胸にぐっとくるラストシーン。レッドの最後の台詞もいい。あれだけ長い苦痛の日々を耐えてきた2人なのに、それと対照的にあまりに爽やかで短いラストで、それがよかった。映像も美しい。ほんの少し泣きました。


ちなみに、数年前に初めて観た時は、恥ずかしながら「ビデオに録ったショーシャンクの空に観てからは」という某歌詞の影響でした。。。








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サウンド・オブ・ミュージック

映画を観てなかったわけではないのですが、2週間あいてしまいました。
思い出しながらまた書いていきます。




言わずと知れた名作、サウンドオブミュージック。音楽も、ストーリーも、素晴らしい。
子供達がすごくかわいいし、それぞれの年頃の抱える悩みみたいなものも、ストーリーに少しずつ織り込まれていて。冒頭などで画面いっぱいに広がるオーストリアの景色も非常に美しく、その中にたたずむマリアにカメラが寄っていくオープニングもいい。


中盤、結婚式で終わるのかと思ったら、そこから政治的なストーリーになってきて、そのせいでかなり長編の映画にはなっているが、途中で飽きるほどではなかった。ナチスから逃れて家族で亡命するという後半部分は、比較的軽いタッチで描かれていて、悪者ナチスをみんなでやっつけて、うまいこと逃げ出した、ってだけのマンガのような展開。もしこの部分がもっと重い描き方をされていたら、せっかくの中盤までのさわやかで気持ちのいい流れが台無しになってしまうので、むしろよかった。


この映画のテーマは「音楽」と「自由」だと思う。マリアは自分の気持ちに対して自由になり、振る舞うこと、子供達は父親の規律から自由になり、自由に音楽を楽しむこと、父親は自らが自由に生きること、政治的圧力から自由になること。マリアとの出会い、音楽との出会いを通して、この家族がそういったものを手に入れていく過程。その「自由」に重みを加えるものとして、後半の展開は意味がある。


なにはともあれ、最高のミュージカル映画、というのは本当でした。




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2007年05月23日

パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち

昨日成田にはジョニー・デップを見ようと2000人が集まったそうですが。
まもなく第3作が公開のパイレーツオブカリビアン、ようやく第1作を拝見。

やっぱ海賊ってかっこいい!ラストのジャック・スパロウ船長(ジョニー・デップ)の台詞、表情がたまらん。
「水平線までひとっ走りだ」
いつ終わんねん!

身分の割に大胆なお姫様とか、結婚を申し込むが身分の低い青年にもっていかれる提督とか、設定はベタベタやけど、おもしろいから全然OK。細かいストーリーがほんとよくできてるよなぁ、と感心する。金貨を手品みたいにかすめ取るとことか、それが後から効いてくるとことか。他にも、こういう映画の派手なアクションシーンで、たまたま「間一髪助かる」的なシーンって、(そんなことあるわけないやん)とか思う暇無くおもしろくて好き。続編と最新作も観ます。キースが出てるらしいし。そもそもジャック船長はキースがモデルだとか。




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2007年05月22日

時計じかけのオレンジ

以前の記事にも書いた『2001年宇宙の旅』のスタンリー・キューブリック監督作品。1971年公開。

暴力、セックスの生々しい描写、『2001年宇宙の旅』同様の密度の濃い映像、クラシックを中心とした独特の音楽の使い方、興味深い設定やストーリー。最後まで飽きることなく観られた。彼の映画は、無駄な説明がないので、映像、音楽、セリフの意味を常に追いながら内容を理解していかなければならないが、それが面白く、また心地よい。『2001年宇宙の旅』では当初予定されていたナレーションが最終的に全てカットされたために、ほぼ映像のみの非常な作品になったらしいが、今作は普通に観ていれば内容は追っていけるし、ラストもわかりやすい。実は原作の小説では最終章がさらにあり、しかしそれが原作者の意図しない形で削除されて出版され、映画化されたそうで、翻訳をウェブ上で流し読んだが、実際作品の意味合いはかなり違ってくる。ただ、映画自体の面白さは問題ない。


映画に出てくる小物やセットも面白い。ドラッグ入りのミルクを出す仕掛けの裸の女性の彫刻やテーブル、アレックスの実家のインテリア、アレックス達が強盗に入る金持ちの家に飾られた男性器を象った「高級美術品」、アレックスが女の子を引っ掛けた店の小物類など。


アレックス(マルコム・マクダウェル)の不敵な笑みで画面越しにこっちを見られると、画面から離れられなくなってしまう。DVDジャケットにもそれが使われている。


オマケの劇場予告編が、(予告編とはそういうものが多いが)ほぼ全てサブリミナルとしか思えない仕上がりで、苦笑ものだった。ほんの一瞬「ベートーヴェン」の文字が何回もチラチラする。その予告編の中でも映画を形容する様々な単語が目まぐるしく提示されるが、そこにあった通り、コミカルでもあり、シニカルでもあり、政治的でもあり、暴力的でも、性的でもあり、ベートーヴェンでもある、そんな密度の濃い、しかし盛りだくさんでピンぼけにはなっておらず、むしろよくまとまった映画だったように思う。



posted by unicom at 23:35| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月20日

博士の愛した数式

テレビでやってたので録画しながら観た。


原作は既に読んで号泣済み。読むべき。特に自分は、小学生に算数を教えていた経験もあって、博士と家政婦とルート君の中で広がる数字の世界が、とても興味深かったし面白かった。素数、完全数、友愛数、虚数など、数字に意味や性格を与え、愛情をもって接するというアプローチは、子供に数学を教える上でも大切だなと思った。


計算や数学が得意な人は、やはり数字を見たときに浮かぶ「直感」が発達していると思う。それは本や映画の中で博士も言っていて、284という数字を見たときに家政婦は3桁だとか2の倍数ばかりだとかと言った「直感」を博士に伝える。博士は約数がスラスラ出てくる。これも「直感」だと博士。家政婦は「暗算」だと言ったが、きっとそうじゃなく「直感」なんだな。算数の強い子は、「直感」の引き出しをたくさん持っている。わかりやすいものでは、かけ算を見て答えが頭に浮かぶ(九九も直感力のひとつだと思う)とか、大きい数字を見て約数が浮かぶとか。絶対音感のある人が、それぞれの音に対して連想するイメージがある(そうでない人も多いらしい)のと同じように、数字に強い人も、それぞれの数に対して漠然とイメージを持っていると思う。博士はそれを深め、大切にし、わかりやすく表現した。実際、僕もこの本を読んで(映画を観てさらに)24や28といった数字には愛着を持つようになった。例えば他に、僕は小学生のころから144という数字が大好きだ。かけ算して144になるとうれしかった。おー、こいつらも144の仲間か!みたいな。18×8は、その仲間の中でもやや存在感が薄く忘れがちで、隅に置けないニクい野郎だ。64と36は、どっちも平方数で足したら100で、それだけだけどなんか切り離せない関係な気がする。もともとはひとつだったものが、2つにわけられてしまったような感覚。


わけのわからない話が長くなったが、さて本題、映画について。

小説とはアプローチも、登場人物の比重も、細かいストーリーも、変わっている。小説と比べて、ルートの回想の設定であること、未亡人の存在感が大きいこと、博士へのプレゼント探しがカットされ、プレゼントも変更されていること、博士が元気なうちに物語が終わること、などがある。特に、誕生日パーティー前後が小説では一番辛いけど好きな箇所だったので、そこが丸ごとなくなったことで、作品が軽くなってしまった感はある。博士の症状も、変わらないまま映画は終わるので、全体的に重いシーンはほとんど無く、よく言えばさっぱり、すっきりした映画だ。野球の応援にいった日の夜に熱を出し、翌朝目覚めたときのシーンも、それまでに家政婦が目にしなかった博士の苦悩を、改めて思い知るという辛いアプローチはあまりされていない。


この映画は、「数学」「3人の生き生きとした楽しかった日々」、そういった面に重点を置いて、博士の病気の深刻さ、博士の悩み、それらによって巻き起こるトラブルや、家政婦とルート親子の試行錯誤・苦悩など、ネガティブだが本質的なことからやや目を逸らす描き方に思えた。記憶障害に全力で向き合った3人の日々、それはいいことも悪いことも含めて、原作では描かれており、そこに絶妙に数学の要素を絡めて感動を増幅したのがよかった。結論としては「やっぱり原作のほうがいい」というベタな論評に落ち着いてしまいそうだ。


ただ、数学教師になったルートの授業という形を取ることが前提ならば、生徒に伝えることも踏まえると、テーマが「数学」と「楽しかった博士との思い出」という方向性になるのは当然。このアプローチは面白い発想だが、作品の本質を伝えるには違うかったかな。まだの人は、是非小説を読んでください。








posted by unicom at 03:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月18日

Elephant

1999年、コロラド州コロンバイン高校で起きた、銃乱射事件をモデルにした映画。

役者は映画初出演のオーディションで選ばれた高校生たちで、エンドロールを見る限り、役名も基本的に本名のままのようだ。そしてセリフもほとんどがアドリブらしい。

その日の朝から事件が起きるまで、彼らは高校での日常を送る。それぞれに、高校生としての悩みや孤独を感じながら。ただそれが淡々と描かれている。誰かに焦点を当てる訳でなく、数人の高校生を順にひとりずつ、歩いているところを背後から撮る形で、追っていく。空とベートーヴェンが印象的。いつもと変わらない空、よく耳にするエリーゼのために、そんな普通のものが、この映画の中ではその後の惨劇を想像して、別のものに見えてくる。


何の解決も与えられず、惨劇は、惨劇として描かれ、惨劇として終わる。


高校、高校生、いじめ、家庭、銃、暴力、インターネット、社会、同性愛、友情、ダイエット・・・

現代の若者を取り巻く現実や問題を、ただ静かに映していく映画で、どう取るかは自分次第。描く監督の視点のフラットさ、そして少年少女のリアリティ、という点で評価できる映画。高校でのある一日の日常に、起承転結なんてないし、善人と悪人や、主人公と脇役など、あるわけがないのだ。映画らしい映画ではないが、このテーマについての描き方としては、最も訴求力がある方法のひとつだと思う。この問題についてはマイケル・ムーアの方も観てみよう。




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2007年05月15日

Lost in Translation

日本でロケをしたことで話題になっていた映画。

ウイスキーのCM撮影のため来日した中年映画俳優と、カメラマンの夫の仕事についてきた結婚2年目の女性が、日本では言葉が通じず、家族ともコミュニケーションが取れない中で孤独感を募らせ、ホテルで顔を合わせる度に意気投合していく。

渋谷、歌舞伎町、秋葉原などでロケが行われていたり、カラオケ、クラブ、パチンコ、しゃぶしゃぶ、寺、生け花など、東京のごった煮になった文化を随所に取り上げている。また、「日本人」として、眼鏡にタバコのおっさん達や、無駄に丁寧な接客をするホテルマン、ギターフリークスやポップンミュージックに夢中になるオタクなどがたくさん登場する。孤独感を演出するためには、こういうわけのわからない東洋の近代都市東京の描き方は効果的だと思うが、この映画を観て五つ星をつける日本人はちょっとおかしいと思う。海外から見た日本は未だにこんな感じか、という印象。ある意味、現実に即してはいるけれど、人格を有した存在として一人も出てこないのが残念。日本のわけのわからんコメディアンとして、マシューが出てきたのは面白かったけど、ちょっと好きだっただけになんか可哀想でもあった・・・。エンドロールで、はっぴいえんどの「風をあつめて」が流れてくる。それまで日本を変な描き方しておいて、最後に機嫌をとるようなニクい選曲。日本に対するツンデレなのか。


ただ一方で、アメリカ人同士の言葉だけの薄っぺらいコミュニケーションが批判的に描かれている。その中で主人公2人はさらに孤独を深めていき、目的や生きがいを見いだせない人生に対する不安を共有する。初対面ながら、お互い何も知らないからこそ、本音で語り合える。最後までセックスもないし、別れ際も非常にあっさり。おそらく一生会うことはないし、彼らの人生が結局好転することもない。そこがかえってリアリティがあり、映画全体の飾り気のなさが、彼らの孤独感、虚無感や、異国で感じる空気をうまく演出していたのだと思う。その点で、アメリカ映画らしからぬ作品。

海外では評価が高かったらしいが、やはり日本人、特に東京に住む人にとっては、こういう描かれ方に対して、手放しに素晴らしいとは言いがたい、というか言うべきではないのでは、とは思う。外国人が2人で来て、あそこまで不親切な対応をする高級しゃぶしゃぶ店は、さすがにないだろう。
「ランチは最低だったわね」
「自分で料理をさせる店だとはな」



posted by unicom at 13:35| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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